私が小さな保険代理店を始めたのが、2005年の12月のクリスマスイブでした。
その当時、サンディエゴのMission Bayと呼ばれる地域にあった古い一軒家を借り、自宅兼、オフィスの状態でビジネスを始めました。
今とは異なり、リモートワークといった概念が薄い時代でしたので、狭くても良いので、自分のオフィスが欲しくて仕方がありませんでした。
社会人となって広報や営業経験を積みましたが、保険やファイナンス業界で働いたことが無く、専門知識は全て独学で学びました。
自分なりのこだわりとして、脚色の無い本質を付いたビジネスで人の役に立ちたいという思いが強く、顔出しで人に向き合う仕事で身を立てる以上、
業界の変なルール (※厳しいノルマを達成する為のセールスや、保険会社の利益を優先した考えなど)に染まりたくなかった、というのが本音です。
元々、地頭が良い人間では無いという自覚だけはありましたので(笑)、ただでさえ不安定な自営業の道を生きる上で、自分なりのルールを敷くことで、不安の壁をよじ登ろうという思いがあったのかも知れません。
👉 今年の12月で20周年となるこのタイミングで、私のお師匠さんにあたるJ氏は、何と50周年を迎えたというメールを受け取りました。
「50周年」という響きは、中年と呼ばれる今に至るまでの人生でも、なかなか耳にしたことがありません。
私自身、まだ50歳になっていませんので、つまり、私が生まれる前からすでにビジネスをされていた訳です!
TVや、Youtubeでは、よく〇〇のレジェンド(伝説)というフレーズで登場される方がおられますが、まさに私のお師匠さんこそ、真のレジェンドです。
話は私が起業したばかりの頃に戻り・・・
当時、自分のオフィスを持ちたくても、売上やビジネス経験が浅い自分に部屋を貸してくれる商業ビルはありませんでした。
仮に、どこか貸してくれる所があったとしても、当時の自分の財力では、家賃を支払う能力もありませんでした。
早く自分のビジネスで活躍し、早く売上げも上げ、早く成功を体験したい!という思いばかりが先走り、結果が伴わない日々を送っていました。
そんな悶々とする日々を過ごす中で、後に妻となる彼女が、週末に炊き出しのボランティアを行っており、そこで出会った方のご主人様が保険業界で活躍されているという話が舞い込んできました。
「あなたが興味があれば、お会いして下さるそうよ」という言葉を受けて、即座に「お願いします」と返答し、彼のオフィスに行くことになりました。
実際、お会いする前に、どういった経歴の方か少し調べさせていただくと、業界ではかなり実績のある方であることが分かりました。
Californiaの名門校「UC Berkeley」でMBAを取得されており、Downtown LAの高層ビルにオフィスを構えておられることが分かり、足がすくみました。
当然、平日はお仕事で忙しいということなので、土曜日の朝いちばんだったら時間を作って下さるということで、初めて会う前日の夜は、彼のオフィス近くにあるモーテルに泊まり込むことにしました。
不思議な事に、こういった人生における大きな節目に差し掛かる時に起こったイベントは、記憶に深く刻まれるようで、今でも鮮明に覚えています。
彼のオフィスがあるビルは、1階のエントランスの守衛に本人確認をしなければ、エレベーターに乗れない状況で、それだけで緊張が増しました。
彼と始めてお会いした時の会話は、ビジネスの話はほぼゼロで、今まで何をしてきたのか? といった他愛もない内容でした。
その後、彼が、腹が減ったので、近くの韓国料理屋で、一緒に鍋でも食べよう!と誘って下さったのです。
長く続く人間関係が繋がる瞬間とは、意外にも、こういった他愛も無い会話から、自然体で互いの距離が縮まっていくものです。
ふとした時に、彼との会話の中で、自分のオフィスが欲しいけれど、経験が浅いので、どこも借りられないという話をさせてもらいました。
その次にお会いした際に、彼自身が保有する複数のオフィスの1つをタダで貸してくれるというオファーをいただきました。
青天の霹靂 (せいてんのへきれき)とはまさにこの事だ!と驚きながらも、「タダは良くない」と、当時、自分が払える限界の金額を払わせていただくことで、彼の保有する部屋の1室をお借りすることになりました。
留学生として渡米した2001年の頃に抱いた「いつか立派なオフィスを持つ」夢が、借り部屋とは言え、叶った瞬間だったのです。
全く成功していない自分が、すでに大成功されている方のオフィスを借りることが出来た経験は、後に自分の人生において、重要な核心を知る為にも大きな影響を与えてくれました。
👉 「成功していない時こそ、自分がすでに成功しているようにふるまえ」
無能で、無一文に近い自分なりに世間へ抗う心構えとして、このようなハッタリ根性が心の中にありました。
このような考えは、実績の無かった当時の自分にとっては、人に知られたくない思考でもありました。 (バレたら恥をかくので。)
今年で50周年を迎えた私にとってのお師匠さんのJ氏は、「常に朗らかで、他者を敬う愛に満ちている」性格。
悲観的になってはいけないと分かってはいても、自分が彼の年齢に至る頃に、彼のような人格者になれる自信が全くありません・・・。
七転び八起きで、何度も失敗や挫折を繰り返してきた私のお粗末なビジネスも、彼との関わり合いのお陰で、今日まで続いてきたと思えます。
彼にお会いして間もない頃、一度、私自身が彼の器の大きさにただただ唖然とし、「あなたの下で働かせてもらえないか?」と聞いたことがあります。
彼は、いつも即答せず、常に一息タイミングをはさんで、数日後、「You have to be your own boss. I know you’ll be.」と言ってくれました。
訳) 「あなたは、あなた自身の上司にならなければならない。 きっとそうなれる!」
今思えば、体の良い断り文句かもしれませんが、その言葉に大きな勇気をもらい、今日まで生き延びることが出来ています。
もうすぐ20周年となる私と、すでに50周年を迎えた私のお師匠さん。
英語で言うところの Mentorがいるという幸せを再認識しました。
これからも彼のように、「人に役立つことを喜びに変えられるエージェント」を目指して精進します。
※ちなみに、彼は一体、いつリタイアを決意するのでしょうか… (笑)。
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